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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)273号 判決 1959年10月10日

常磐相互銀行

事実

原告今井田は本件不動産の所有者であるが、原告は被告株式会社常磐相互銀行に対して何らの債務を負担したこともなく、また被告銀行に対し本件不動産について抵当権設定を承認したことがないのにかかわらず、被告銀行は、原告が全く不知の間に本件不動産につき、債権者被告、償務者進藤武、債権極度額金七百万円、利息及び支払期元金百円につき三銭五厘、毎月二十五日払、債務不履行の場合は元金百円につき一日金五銭の割合による損害金を支払う旨の特約ある根抵当権の設定登記手続をなした。ところで、右根抵当権設定登記手続がなされるに至つたのは、訴外進藤武において原告の印鑑を冒用して被告を債権者、右進藤を債務者、原告を連帯保証人兼担保提供者とする根抵当権設定契約書、念書、取引約定書、白紙委任状等の書類を作成したことによるものであるから、もとより原被告間においては右抵当権設定契約は存在せず、従つて前記抵当権設定登記は、実体的物権変動を欠くものとして無効というべきである。よつて原告は被告に対し、右抵当権の不存在確認および右抵当権設定登記の抹消登記手続を求める、と主張した。

被告株式会社常磐相互銀行は原告主張の事実中、根抵当権設定登記の存すること、被告が訴外進藤武に対し金七百万円を貸し付けたこと、および原告主張のような根抵当設定契約書、念書、委任状等の書類等を作成したことは認めるが、その余の事実は争うと、主張した。

理由

本件根抵当権設定登記の存することからみれば、実体上、右登記と表裏一体をなす根抵当権の存することを推定することができるかのようであるが、次に認定するとおり、右根抵当権設定登記は、その登記申請書類が目的不動産たる事件不動産の所有者である原告の承諾を得ないで作成提出してなされたものであつて、右登記の推定力を到底容れる余地がないものと断ぜざるを得ない。

すなわち、証拠を併せ考えれば、原告は昭和二十八年一月、旧知の訴外猪股功から懇請されて、同訴外人の事業資金獲得のために、原告所有の本件不動産を約六十日の期間を限度として担保として提供することを承諾したこと、右猪股功は同月下旬頃かねて金融取引のあつた訴外進藤武および同訴外人を通じて知り合つた訴外石森敏雄から本件不動産を担保として金円を借り受けることの承諾を得た上、同訴外人等とともに、原告が審議官として勤務していた経済審議庁の審議官室において、原告に対して右金円貸借に関する証書、登記申請書類等に署名押印を求めたところ、原告としては、同席の他の審議官等の手前、金融業者に対し多数の書類に署名押印することは体裁上よくないところから、右猪股功に対し、猪股において六十日位で担保を受け戻すべき約束のもとに自己の印鑑を右猪股に渡し、同訴外人に対し本件金融に関する書類の作成に限り、原告に代つて右印鑑を使用することを許したこと、右訴外人等は、本件不動産について原告を売主前記石森敏雄を買主として買戻約款附売買契約書を作成して、昭和二十八年一月二十九日本件不動産について売買予約の仮登記手続を完了し、右猪股は金四百二十万円の融資を得たのであるが、原告は公務の多忙に取り紛れ、前記のように猪股功に交付した自己の印鑑の取戻を忘失し、猪股にこれを預け置いたまま放置していたこと、他面猪股功は、進藤武等からの前記借受金の返済のできないところから、原告より預つていた同人の印鑑を用いて貸借証書を書き替える等の方法により弁済の猶予を得ていたのであるが、同年七月頃に至り、右進藤武は、本件不動産に関する前記売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を抹消した上、これを被告銀行に担保に差し入れて同銀行から融資を受け、これをもつて同訴外人が猪股功に貸し付けた前記融資の回収をはかるといういわゆる肩替りをしようと企図し、被告銀行の内諾を得た上右猪股功を通じて本件不動産を担保として被告銀行に差し入れることにつき原告の承諾を求めたところ、原告は、事の意外に驚いて右の申出を峻拒し、なお、被告銀行の調査係員の来訪を求めて、被告銀行に対し本件不動産を担保に差し入れることを拒絶する意向を表明したこと、ところで右進藤武は、従前の貸借証書等の書替に原告の印鑑を要する旨を申し向けて猪股功に対して右印鑑の持参方を求めたので、右猪股功において進藤武に対し原告の印鑑を届けたところ、右進藤武は原告及び右猪股功に全く無断で、根抵当権設定契約書、根抵当権設定登記申請書等の書類につき連帯債務者兼担保提供者として原告の氏名を記載し、その名下に原告の印鑑を押捺して右各書類を作成し、これをもつて被告銀行との間の根抵当権設定契約締結並びに根抵当権設定登記手続を了し、なおその後において、原告に無断で原告共同振出名義の約束手形二通を作成して被告銀行に対して交付したこと、以上の各事実を認定することができる。

以上認定のとおり、本件不動産に関する根抵当権および根抵当権設定登記については、その設定契約ないし設定登紀申請手続において訴外進藤武が原告の印鑑を冒用してこれをなしたものであり、これに関する原告の承諾を欠くものであるから、無効であることはいうまでもないところ、被告において本件根抵当権が有効に成立したものと主張して争う以上、その不存在確認を求める利益があり、また、被告銀行は、本件不動産の所有者である原告に対して本件根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき義務があること明らかである。

よつて原告の本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。

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